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最高裁が相続対策で相続税路線価評価を否定した経緯

最高裁が相続対策で相続税路線価評価を否定した経緯

相続税対策としての路線価評価

2022年4月19日に最高裁判所がある判決を下しました。

それは、相続税路線価などを基に算出した不動産評価額を、国税当局が否認し、独自の不動産鑑定評価を行うことで過少申告を指摘し、追徴課税を行ったことについて、「適法」との見解を示したのです。

そもそも相続税路線価とは、実際の実勢価格よりも低く評価されるのが一般的であり、従来までも相続税路線価を用いた相続対策は行われてきました。

しかし、ここにきて路線価を用いた相続税評価が覆され、鑑定評価が採用されるという事は、今後の相続対策で従来の方法が使用できなくなるどころか、不動産を相続対策として購入することが有利に働かない可能性も出てきます。

これは不動産を販売している会社にとって大きな打撃であり、今後の相続税の考え方を大幅に変えなければいけないこととなります。

最高裁までの経緯

最高裁で国税が勝訴した本裁判ですが、もともとの話の始まりはどのようなものだったのでしょうか。

事の発端は2009年にまで遡ります。

被相続人が融資でマンションを購入

被相続人の人物は当時90歳という高齢でしたが、銀行からの融資を受け東京杉並区にマンションを購入しました。

その後、12月にも神奈川県の川崎市内にマンションを購入し、被相続人のマンション価格は2棟合計で13億8,700万円にも上りました。

被相続人の死亡と相続財産の計算

2012年、マンションを購入した3年後に被相続人が死去しました。

相続人ら5名は従来から認められている「相続税路線価」を基にした評価算出により、2棟のマンション合計額を約3億3,400万円と算出しました。

被相続人にはマンション購入時の借入金がありましたので、相続人らは「債務控除」を用いることで「相続税はかからない」と税務署に申告したことが事の経緯です。

当時、申告を受けた国税局は「相続税路線価による評価は低すぎる」として問題となりました。

もちろん、相続税額の算出に相続税路線価を用いる事自体は認められていますし、従来から相続税路線価を用いた評価を行い、相続税対策を行うことはよく行われてきた手法であることは前述した通りです。

しかし、相続税路線価評価で「著しく不適当と認められる場合」に関しては、国税局長官の支持により財産の再評価が行えるとされています(財産評価基本通達6項)。

俗に「伝家の宝刀」と呼ばれているこの特例を用いることで、国税当局は不動産鑑定士による評価を独自に行い、2棟のマンションの評価額合計を12億7,300万円と算出し、2016年に相続人らに対し3億円超の追徴課税を行うこととなりました。

購入価格 路線価(相続人評価) 鑑定評価(国税評価)
杉並区マンション 8億3,700万円 2億円 7億5,400万円
川崎市マンション 5億5,000万円 1億3,366万円 5億1,900万円
合計 13億8,700万円 3億3,366万円 12億7,300万円

合理的な理由により再審請求棄却

相続人は追徴課税処分を不服として、追徴課税取り消しを求めて2016年に国税不服裁判所に審査請求を行いますが、棄却されました。また、1審、2審、最高裁と全てにおいて国税が勝訴する結果となったのです。

最高裁が国税側の勝訴と決定した判決分には「相続税路線価評価による画一的な評価方法(※)が、実質的な租税負担の公平に反する事情がある場合」に、鑑定評価を行う合理的な理由があるとしています。
(※)相続税路線価評価は別個の不動産に対して個別評価が出来るものではないため、個別不動産評価に関しては実質的に差異が生じる可能性がある

ただし、裁判所によれば「単に相続税路線価評価と鑑定評価とに乖離があるだけでは、鑑定評価を採用すべき事情には当たらない」としています。つまり、従来の路線価評価自体を否定している訳ではないとしているのです。

それでは、今回の事例に対して何が問題とあったのか気になります。

裁判所が問題としたのは「不動産購入が明らかな相続税対策」であったという点です。

今回の不動産の相続に対しては、鑑定評価が12億7,300万円もあるのにも関わらず相続税額は0円であるとしています。

明らかな相続対策で購入したマンションにより相続税額が0円となったことに対して、公平に負担されるべき租税に関して明らかに不公平であることから、路線価評価を否定する判決に至ったものと考えられます。

負債を活用した相続

本件において裁判所が目を付けた問題はマンション以外にも相続したものがあるという点です。

相続人らは、被相続人からマンション2棟以外にも

  • 現預金
  • 不動産
  • 有価証券 など

以上のような相続財産が存在し、その合計額は6憶9,800万円にものぼっていたと言われています。

つまり相続財産の合計は、相続人による路線価評価をした上でも10億円をはるかに超えていました。

しかし、それでも相続税額が0円であった理由は、被相続人がマンション2棟購入した際に銀行から借入した約10億円の融資と、債務控除を行ったためです。

そこに法定相続人の基礎控除(※)が加わり、相続税額が0円と計算されました。

(※)相続税の基礎控除
3,000万円+600万円×法定相続人の数

購入前 購入後
相続資産額 6億9,787万円 10億3,000万円
債務控除 3,394万円 9億9,706万円
基礎控除 1億円 1億円
相続税額 2億896万円 0円

被相続人が融資を借入した際の年齢が既に90歳であった等、明らかな相続対策であったことが国税当局に目を付けられる原因となりました。

相続税路線価を否定した判例のポイント

2022年4月19日に最高裁が下した「相続税路線価評価を否定し、不動産鑑定評価による評価額算出は適法」という判断について、いくつかポイントがありますので紹介していきます。

ポイント1 被相続人が高齢であるのにも関わらず融資を組んだ

まず大前提として、本件が「租税逃れ」のために行った過度な相続税対策であったという事が路線価評価を否定することとなった最大のポイントです。

被相続人は、90歳の時にマンションを2棟購入しています。購入額の合計は13億8,700万円です。

現在の日本人の平均寿命は84.36歳(2019年現在)です。被相続人は融資を受けた当初でさえ平均寿命を大きく超えた状態あり、かつ13億円という多額の融資を組んだことになります。

仮に20年でローンを組んだとしても、完済時年齢は110歳となり、前向きな不動産投資のための購入ではなく、「相続」を見据えた融資契約であったことは疑いようがありません。

不動産という担保があったとは言え、高齢の被相続人に対して平均寿命を大幅に超過する年数で融資を行うという事が、相続対策以外での説明がしにくいという事が判決のポイントとなりました。

ポイント2 銀行の稟議書に「相続対策」と記載があった

銀行内部の稟議書には、本件の融資に関して「相続対策のための不動産購入を計画」と記載されており、国税当局が証拠書類として裁判所に提出していたことが明らかになっています。

つまり90歳の高齢者に対して13億を超える融資を行ったのは、相続税対策であったという事を銀行側も理解した上で融資をしているという事です。相続対策融資が間違いないという事が内部文書で明らかになったことも判例に至ったポイントとなっています。

ポイント3 養子縁組による租税回避

また、1棟目のマンションを購入した数か月前に、被相続人とその孫との間で養子縁組が組まれていたこともポイントとなりました。

実は、「孫」は法定相続にとはなりません。法定相続とならないため基礎控除の計算上は人数加算することは出来ません。

しかし、養子縁組を行うことで、孫を実子としてカウントすることが可能となります。この場合は法定相続人となりますので基礎控除額が増加します。

養子縁組を行ったのも90歳を超えてからであり、本件が一貫して相続税対策のために行われたものだと決定付ける証拠となっています。

ポイント4 相続直前に購入し、相続直後に売却

その上、本件では相続直前にマンションを購入し、相続が終了した直後にマンションを売却していることも問題になりました。購入から売却までの期間は3年弱と短く、2棟のうち1棟は相続の翌年に売却されています。

融資を組み、債務控除及び基礎控除により不動産のみならず多額の現預金や有価証券を相続しておきながらも相続税は0円と申告し、その後不動産を売却し多額の現金を得ていることから、本件は国税局の目に留まったという可能性があります。

高齢者と不動産購入について

本件から分かることは、不動産の購入が「相続対策」である場合は、国税局に指摘される可能性が極めて高いという事です。

あくまで不動産購入は「不動産投資」がメインであり、相続対策での購入は二の次である必要があります。

しかし、そうなると高齢者がローンを組んで不動産を購入することは今後慎重にならざるを得ません。高齢者が長期返済のローンを組むことは、どうしても相続対策として考えられてしまう懸念があり、適正な不動産投資についても問題提起がなされる可能性があります。

もし高齢者が不動産を購入する場合は、自己資金で購入するなどし、国税局から過度な租税回避だと思われないような対策を講じる必要がありそうです。

相続税路線価をめぐる裁判はもう一つある

実は、相続税路線価評価を否定し、鑑定評価を基準にした国税局のやり方に対して上告した事件が別件で存在し、2022年5月現在、未だに裁判で争われています。

こちらも融資によりマンションを購入した後に被相続人が死亡したケースでありますが、相続後にマンションを売却していない点で異なります。

2022年4月19日の判例は、国税当局が「鑑定評価を用いる基準」について明確にされていないため、進行中の裁判の行方によっては基準の制定が行われる可能性があります。

もし本件の上告が棄却された場合は、相続後の不動産売却が路線価を否定する基準ではないという事を示すことになります。

今後の不動産投資の行方を考えたとしても、国税局が鑑定評価を用いる基準については明確ではないことは問題となってくるでしょう。

今後国税当局が恣意的に路線価評価を否定し、鑑定評価を用いるようなことが無いように、その基準については明確化することが求められるべきでしょう。

不動産の相続に関しては自分で評価をして申告すると後々過少申告を指摘される可能性があります。

相続税について不安がある、人はお近くの税理士に相談するなど対策を取った方が良いでしょう。

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